近年、サツマイモの栽培が盛んになってきた北海道。温暖化や農業技術の進歩、日々の研究と試験栽培を重ねた結果、美味しいと評判のさつまいもを作ることができるようになってきました。そんな中で注目されているのが「由栗いも(ゆっくりいも)」。道央エリアにある由仁町と栗山町の若手生産者たちが中心となって栽培しているこの地域ブランド野菜について、栽培農家であり、管理栄養士の筆者が詳しくご紹介します。
目次
【由栗いも(ゆっくりいも)】について詳しく知ろう!
北海道の「いも」と聞いて思い出すのは、なんと言っても「ジャガイモ」ですよね。国内作付面積の68%を占めるこのじゃがいも、そして全国2位の出荷量を誇る「長いも」が北海道におけるメジャーな「いも」でしょうか。そもそも北海道でさつまいもを生産しているとは思わないし、美味しくできるかどうかも疑わしいですよね。
まずは北海道におけるさつまいも栽培、そして「由栗(ゆっくり)いも」が誕生した経緯について詳しく知っていきましょう。
北海道で「さつまいも」?
さつまいもは近年大ブームの真っただ中。中にはブームはすでに過ぎて、「さつまいもは文化になってきている」という人も居るほど。
しかし、消費者からの人気の裏でさつまいもに大きな事件が起きています。なんと、九州や茨城・埼玉などの大生産地でのさつまいも栽培が今後できなくなるかもしれないという窮地に立たされているのです。
さつまいもは種となる芋「種芋」や、ツルから再び分かれて生えてきた「ツル」を「苗」として畑に植える作物です。その「苗」の段階で「基腐病(もとぐされびょう)」という病気にかかっている苗が全国各地の農地に植えられてしまい、畑に悪い菌を巻き散らかしてしまうのです。
基腐病は2018年に判明した大変厄介な植物(野菜ではほぼさつまいものみ)の病気で、病原菌が感染した種芋と、感染した苗で農地に侵入します。その株にできた胞子が雨で流されて農地にどんどん広がることで感染が拡大。発症すると芋がどんどん腐ってしまい、収穫量が大幅に減ってしまいます。前作で発病した農地ではその後サツマイモを作ると病気が広がってしまうため、別の作物を作ることで菌を年々減らしていかなければいけません。基腐病は近年も拡大しており、それが原因でさつまいも栽培をやめた農家や農業自体を廃業した人も居るほどの脅威的な病気なのです。
幸運なことに、さつまいも栽培がメジャーではない北海道ではまだ基腐病が流行していません。そのため、広大な土地で大量にさつまいもを作れるのではないかとひそかに注目され、今後のさつまいも生産地として注目されているという現状があります。
寒い地域では育つことができなそうに思えるさつまいもですが、北海道でも栽培することができます。北海道で栽培されている芋といえば、ジャガイモや長芋がメインではありますが、焼酎用のさつまいもは2000年代から栽培されてきています。また、古くから北海道でも家庭菜園レベルで楽しむ程度であればさつまいもは栽培されていました。ただし、大規模に食用のさつまいもを作付けしている地域は少なく、「北海道でさつまいも」というイメージはほぼありませんでした。その「北海道でさつまいも」というイメージを新しく作っていこうとしているのが「そらち南さつまいもクラブ」です。
「そらち南さつまいもクラブ」について
「そらち南さつまいもクラブ」は北海道の空知エリア、夕張郡にある栗山(くりやま)町と由仁(ゆに)町の2町の若手農家たちで構成されている団体です。2017年に発足し、2022年度には20戸以上の農家が所属しています。クラブでは空知産のさつまいも栽培に関する生産技術の向上を進めるため、定期的に集まりデータを記録しながら栽培するほか、地域の小学校や保育園と連携して食育活動や地域でのイベントの開催、地域外でのイベント出店も行っています。まずは「地元に愛される特産品」になりたい!という思いを持って活動しています。
栗山町、由仁町とも農業が基幹産業ですが、例にもれず後継者不足に悩まされている地域です。野菜の種類が豊富すぎてこれといった特産物が無かったため、「地域の子どもたちが美味しい作物があると誇れる地域にしたい」という気持ちから地域の若手農家たちが動き出しました。なぜさつまいもを地域の特産にしたかったかというと、家族がさつまいもが好きだったため、子どもたちに美味しさつまいもをお腹いっぱい食べさせてあげたいという親心がきっかけだったそうです。
今では農家同士で協力し合い、楽しく熱中する姿を我が町の子どもたちに見せることで、両町を「美味しいサツマイモに胸を張れる町」にしたい!と熱意をもって取り組んでいます。
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「由栗いも(ゆっくりいも)」のネーミングの由来
ここまで「由栗いも」の記事を読んだ方なら「栗山町」と「由仁町」の漢字の頭文字を1つずつ取って命名したことに気づいているかとは思いますが、もう一つ由来があります。
北海道で美味しいさつまいもを収穫しようとすると、本州産のさつまいもより植え付けから収穫までに時間が必要になります。通常、本州以南では6月中旬に植え付けを行い、10月下旬に収穫を行いますが、北海道のさつまいもは5月中旬に植え、10月中下旬に収穫します。このように「ゆっくり時間をかけて育つこと」、そして収穫後に独自の技術で保管し「ゆっくり時間をかけて熟成させる」という意味の「ゆっくり」も名前に込められています。美味しく育てるということもポイントなのです。
北海道で「さつまいも」を美味しく育てるための工夫やこだわり
さつまいもは荒れ地や砂地でも育つ強い作物ではありますが、本来は暑い地域の作物です。想像通り、暖かい地域の作物であるため、美味しく育てるためにある程度は気温が高くなければいけません。
北海道で美味しいさつまいもを生産するためには本州で植えるよりも早く苗を植え、本州よりも遅く収穫しなければいけません。しかし、北の大地「北海道」は春は寒く秋も寒い!サツマイモは12度以下の低温に長くさらされると苗も芋も腐ってしまうという性質を持っています。そのため、植え付け時期には細心の注意を払って苗を不織布などで保護し、収穫時期は霜が降りる前に掘りきらなければいけません。早めに収穫してしまうとさつまいも自体が未熟なため、美味しいさつまいもにはなりません。北海道ではさつまいもは大変デリケートな農産物になっています。
また、収穫後にもこだわりがあります。「そらち南さつまいもクラブ」のさつまいもは「キュアリング」という低温蒸しの工程を数日間行うことで、収穫時についた傷をサツマイモ自身が治癒させる力を引き出します。キュアリングをすることでさつまいものでんぷんが糖に代わり、甘みを増すことも証明されています。キュアリングによって貯蔵性も高くなるため、熟成させればさせるほど甘みを増させることも可能になるのです。
キュアリング後は保管の温度と湿度がポイントです。サツマイモは温度12度以下の場所に長時間置いてしまうと腐ってしまいます。また、湿度が100%に近い状態でないと乾燥してしまい、食感が変わります。 「そらち南さつまいもクラブ」はキュアリング専用の施設を建て、温度や湿度を調整しながら春先までさつまいもの保管をしています。まさに手のかかる箱入り娘!
本州・四国・九州の「さつまいも」とどう違う?
同じ品種でも、北海道で作られたさつまいもは、他県産地より乾物率(でん粉量の目安になります)が低くなります。このため、調理するとホクホクするよりもしっとり・ねっとりとした食感(粘質)になり、味も甘味が強くなるという研究結果が出ています。(北海道立総合研究機構調べ)
つまり、しっとりねっとりした甘いさつまいもが好みの方は、北海道産が美味しく感じるということです。
【由栗いも(ゆっくりいも)】の味や食感の特徴
「由栗いも」は上記の通り、ねっとりした食感が楽しめる甘いさつまいもです。収穫したての10月はホクホク感も強く感じられますが、貯蔵することで粘度を増し、ぐんぐん甘くなっていきます。黒糖のようなコクもほんのり感じられるさつまいもです。
皮はきれいな赤紫色で、中身は濃い黄色が特徴。焼き芋やふかし芋もおいしいですが、スイートポテトやタルトケーキなどのスイーツ作りにもピッタリです。
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「さつまいも」に含まれている栄養素とその働き
さつまいもは可食部100gあたり132kcal。糖質量は10.9gです。
スーパーに売られている一般的なLサイズで大体250gなので、1本食べると330kcal。おおよそ茶碗1杯の白飯と同じくらいのカロリーです。
白飯と違う点は、食物繊維やミネラル、ビタミン類を豊富に含んでいるということ。さつまいもに含まれる優れた栄養素について説明します。
◆食物繊維
さつまいもは100gあたり2.3gの食物繊維を含んでいます。 食物繊維には水溶性と不溶性の二種類があるのですが、さつまいもには不溶性の食物繊維が多いのが特徴です。便のカサを増やして腸の働きを活発にし、便意を感じやすくさせてくれます。
◆葉酸
さつまいもは100g中に49μgの葉酸を含みます。
葉酸は正常な赤血球を作るために必要な栄養素です。鉄を意識して摂取しているのに貧血気味だという人は葉酸が足りていないかもしれないので多めに摂取しましょう。本来、熱に弱い栄養素ですが、さつまいもは焼き芋やふかしいもにしても葉酸の量があまり変わりません。
◆カルシウム
意外に思われるかもしれませんが、サツマイモは野菜の中でもカルシウムの含有量が多い野菜です。100ℊ中に40㎎ものカルシウムが含まれています。これは牛乳(100ℊ中に110㎎)の約1/3の量ですが、野菜の中ではトップクラス!
焼芋を食べるとホッとすることがありませんか?カルシウムには精神を落ち着かせる働きがあるため、カルシウムがしっかり働いてくれているのかもしれませんね。
◆ポリフェノール
ポリフェノールは強い抗酸化力を持つ栄養素です。さつまいもを切ると、切り口が黒く変色していきます。これはポリフェノールがある証拠です。アクとして不要に見られがちですが、実は血管を丈夫にしてくれたり、老化を防ぐ働きを持っています。
また、さつまいもは皮の部分に一番ポリフェノールを含んでいます。健康効果を期待する場合、皮まで食べるようにしましょう。
「さつまいも」の保存方法
さつまいもは熟成させるとでんぷんが糖に代わり、どんどん甘くなっていきます。12℃を下回らない場所(適温は14℃)で、さつまいもが乾燥しないように1本ずつ新聞紙に包んで保管すると甘みが増します。
冷蔵庫などの寒い場所に置いておくと、さつまいもは黒くなり腐っていきます。必ず常温か、涼しいくらいの場所に保存しましょう。 大きなサイズだったり、一度に使いきれなかった場合は保管場所に悩むかもしれません。その際は、切り口にラップをするか切り口を下にして平らな皿の上に乗せ、常温保管をして大丈夫です。ただし、切り口からカビが生えやすいため1~2日で使い切るようにしましょう。
【由栗いも(ゆっくりいも)】は加工品もおすすめ
ここまで、「由栗いも」の生芋としての魅力を伝えてきましたが、加工品もどんどん登場しています。サツマイモは好きな人が多いため、お土産やちょっとしたプレゼントにも喜ばれますよね。一部ですが、由栗いもが使われているおすすめの加工品を紹介します。
◆きびだんご(由栗いも味)
由栗いもが生産されている栗山町には「谷田製菓」という北海道の老舗きびだんごメーカーがあります。原材料は水あめともち米、あんこのみで作るのがもともとのきびだんごなのですが、由栗いものペーストをねり込んだ新しい味が登場しました。「谷田のきびだんご」特有のねっちりとした食感はそのままに、由栗いもを練り込んだことで上品にさつまいもが香るキャラメルのような風味が特徴です。
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◆由栗いもタルトケーキ
由栗いものペーストが使われている餡と、カスタードクリームのハーモニーが楽しめるタルトケーキです。1箱に6ピース入り。タルトのサクサクとした食感と、由栗いものホクッ、ねっとりとした食感がピッタリ!パッケージのクマちゃんがとってもかわいいことと、常温保存ができて日持ちがするため、栗山町や由仁町のお土産品としても喜ばれています。
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◆由栗いもの焼芋ジェラート
北海道大学の中にある「北大マルシェ」というカフェで作られているカップに入ったジェラートです。由栗いもを焼芋にした後、皮ごとジェラートに練り込んだという贅沢な一品です。濃厚なミルクの風味とサツマイモの甘さと芋らしさを感じることができます。
北大マルシェの店舗では食べることができないのですが、栗山町や由仁町内の飲食店やお土産屋のほか、お取り寄せすることも可能です。
◆干し芋
由栗いもを熟成させてしっかり糖化したタイミングで作る黄金色の干し芋です。全国各地に干し芋の加工場は多数ありますが、その中でも一番おいしく由栗いもの干し芋を製造してくれた工場にお願いして作っているというこだわりよう。
見た目もさることながら、ねっとり濃厚な風味と甘みが濃縮されてまさしく極上の味!干し芋好きや、ナチュラルなおやつが好きな方、お子様のおやつにもピッタリです。
まとめ
今、北海道でじわじわ名前が広がってきている「由栗いも(ゆっくりいも)」の紹介をしました。地域を盛り上げるため若手生産者たちが頑張っていることが伝われば幸いです。
さつまいもは栄養価も高く、料理やスイーツづくりにも使える主役級の野菜!しかも「由栗いも」は保存性も高く、長期保管すればするほど甘くなるため、一度にたくさん購入して味の変化を楽しむことをおすすめします。