江戸時代から明治・大正時代にかけて北海道で大量に獲れた「ニシン」は、道民の暮らしを支えてきた代表的な青魚と言えます。今では漁獲量が減ったものの、干したものや塩蔵されたものが日々の食卓で登場したり、「昆布巻き」や「数の子」として正月のおせち料理などハレの日に食べられることが多かったりと、日本人の食生活には欠かせない魚です。今回は管理栄養士の筆者が、ニシンの栄養素とその働きを詳しく解説。おススメのレシピも紹介します。
目次
【ニシン(鰊・鯟・鯡)】とは
ニシンは細長くて肉厚の20~30㎝程度の魚です。マイワシに似ていることから「カドイワシ」と呼ぶ地域もあります。冷たい海域に住む回遊魚で日本では北陸地方から北海道にかけてを回遊していますが、産卵のために北海道にやってくるニシンが最もおいしいと言われています。
かつて、北海道の江差を中心に栄えたニシン漁業。その漁の始まりは1447年とされ、松前郡で和人により行われました。それまではアイヌの人々が自分たちの食べる分だけを獲る程度でした。ニシン漁は明治時代の最盛期には最高100万トンの漁獲量を誇ったこともありますが、現代では年に1万~数千トンとその量も百分の一に。
ニシンは主に沿岸にて網を使った漁法で漁獲されています。現在は水産資源の保護の観点から、北海道の石狩や後志、留萌管内にて稚魚の放流が行われています。
北の春告魚(はるつげうお)
回遊魚のニシンは3~5月の産卵期になると北海道に近づきます。この時期は脂が乗っていて美味しい上に、たくさん獲れるため、春の味覚として「春告魚」と呼ばれています。北海道の春告魚はニシンですが、他の都道府県では違う魚を春告魚と呼ぶはずですよ。
旬の時期の食べ方
ニシンは北海道の春を代表する魚ということで、3~5月が旬の時期です。身も卵も旨味が強い春のニシンは塩焼きが定番の食べ方です。素材そのものの味はシンプルな食べ方が一番良くわかります。肉厚でフワフワの身は脂が乗っていて絶品ですよ。
他にも煮つけのほか、三平汁や梅煮、マリネなどの食べ方もおすすめです。数の子や飯寿司、糠ニシン、昆布巻きなど多くの加工品も存在します。
美味しいニシンの加工品
ニシンは生で食べる他にも保存食として道民に長く親しまれています。代表的なものが「身欠きにしん」、「糠ニシン」、「開き干しニシン」の3つです。
「身欠きにしん」とは、ニシンの干物です。カチカチになる状態までしっかり干したものや、ソフトな半干しタイプがあります。「身欠き」と呼ぶのはニシンの腹側の部分を切り落とすようなさばき方をしてから干すため、「身を欠く」ことに由来するそうです。主に水で戻してから甘露煮にしたり、北海道の郷土料理としてもお馴染みの「昆布巻き」や「ニシン漬」けに使います。
「糠ニシン」はご飯にピッタリ!塩漬けしたニシンをさらに糠に漬けることで、酸化を防ぎながら旨味を増すことができる貯蔵法です。冷凍してあるものが多く、冷蔵庫で解凍してから糠を洗い流し、ぶつ切りにしてグリルで焼いて食べます。塩分が強いため少量でもご飯が進みます。お茶漬けの具にしたり、バーニャカウダのオイルサーディンの代わりにも使えますよ。
「開き干しニシン」は、内蔵を取り除き、背側から開いて塩水や調味液につけてから干したものです。干すことで旨味が増し、ジューシーでふっくらとした身を楽しむことができます。子持ちのニシンは「丸干し」にして販売されていることが多いです。
卵は高級品の「数の子」に
古くから東北や北海道ではニシンのことを「カド」と呼んでいました、数の子は「かどのこ」から変化した呼び方といわれています。ニシンの卵巣の加工品には干し数の子、塩蔵の塩数の子、調味料で漬けられた味付け数の子などがあります。干し数の子は北海道のニシン漁の衰退とともに生産量は減少して食べる文化も少なくなりました。現在では輸入ニシンから主に塩数の子と味付けカズノコが生産され、数の子を取り出した後は身欠きにしんが作られています。
【ニシン】が含む栄養素とその働きについて
ニシン(生)は100gあたり216kcal、タンパク質17.4g、脂質15.1g、炭水化物は0.1g、食物繊維は0gです。
ニシンは脂質を多く含む魚です。どのくらい多いかを比較してみると、ホッケ100gには脂質を4~5g、鮭100gには4.1gしか含まないことからニシンの脂の多さをわかっていただけるのではないでしょうか。 脂は1gあたり9kcalですが高カロリーであるだけでなく、魚の脂ならではの利点もたっぷり!ニシンが含む栄養素とその働きを詳しく解説します。
①不飽和脂肪酸(DHA・EPA)
青魚にはDHA・EPAが多く含まれているのが特徴であることから、ニシンの脂質にも不飽和脂肪酸であるDHA・EPAが豊富に含まれています。DHAは「ドコサヘキサエン酸」、EPAは「エイコサペンタエン酸」を指します。
DHA・EPAはヒトの体内では作り出すことがほとんどできない必須脂肪酸の一種です。魚の脂に含まれており、生活習慣病の予防や改善に役立つ脂質です。特に、DHAは記憶力の維持や乳幼児期の脳の発達に役立ち、EPAは血栓予防や高脂血症の予防、動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞の予防に役立つ脂肪酸です。
不飽和脂肪酸は魚の「身」よりも「皮」付近に多いため、皮まで召し上がることをおすすめします。
②タンパク質
タンパク質は言わずと知れた人体に必要な三大栄養素の一つ。体の60%は水分でできていますが、タンパク質は15~20%を占めています。1g4kcalの体を動かすエネルギーになるほか、筋肉や体の組織、爪や髪の毛の健康を維持する栄養素です。
タンパク質が不足するとむくみや筋肉量の低下などが起こります。 魚のタンパク質は肉と比べると柔らかいため消化しやすいことが特徴です。
③ビタミン類
ニシンはビタミンB群を多く含む食材です。なかでもビタミンB2が0.23g、ナイアシン当量を7.2㎎、ビタミンB6を0.42㎎、ビタミンB12を17.4gも含みます。
ビタミンB2は糖質、脂質、タンパク質をスムーズにエネルギーに変換するために必要な栄養素です。特に脂質の代謝を助けるため、脂質を多く含むニシンに多く含まれていることは理にかなっていますね。「発育のビタミン」とも呼ばれており、乳幼児の発育に欠かせない栄養素でもあります。
ナイアシンはエネルギー代謝に関係する栄養素です。ナイアシン当量は複数の栄養素が「ナイアシン」と同様の働きをすることからそれらの合計を表した量です。推定平均必要量はエネルギー1,000kcalに対して4.8㎎。成人の1日の摂取エネルギーはだいたい1600~2000kcalであるため、ニシンがナイアシン当量を7.2㎎含むということは、ヒトが必要な約1日分のナイアシン当量をニシン100gで補えるということです。
ビタミンB6はタンパク質を代謝するために必要な栄養素です。タンパク質の摂取量が多い人ほどビタミンB6が必要になるため、肉や魚、大豆製品を多く食べる人には意識して摂取していただきたい食品です。そのほかにも、免疫力の維持に働いたり、脂肪肝を防ぐ働きも持ちます。
ビタミB12は神経系の機能を保ったり、正常な血液を作り出すために働く栄養素です。鉄をしっかり摂取しているのになかなか貧血が改善されない、という場合はビタミンB12の摂取量を見直してみてください。ただし、ビタミンB12はありとあらゆる食品に含まれている栄養素であるため、不足しにくい栄養素だと言われています。
生のままと加工、栄養成分やカロリーはどう異なる?
ニシン(生)は100gあたり216kcal、タンパク質17.4g、脂質15.1g、炭水化物は0.1g、食物繊維は0gですが、加工した場合は栄養成分やカロリーはどうなるか気になりますよね。
【身欠きにしん】の栄養とカロリー
身欠きにしんは100gあたり246kcal、タンパク質20.9g、脂質16.7g、炭水化物は0.2g、食物繊維は0gです。カルシウムの含有量が生の3倍の66㎎になり、ビタミンDは約2.5倍の50μgとなります。身欠きにしんの方が生よりも栄養価が高くなるということで、保存食として優秀な栄養源と言えます。
【開き干しニシン】の栄養とカロリー
ニシン開き干しは100gあたり264kcal、タンパク質18.5g、脂質19.7g、炭水化物は0.2g、食物繊維は0gです。食塩を添加していることが多いため、塩分は100gあたり0.9gと食べ過ぎには注意ですが、生と同じくらいの栄養素を含みます。開き干しは焼くことで脂が落ちるためこの数値よりも脂質を抑えて食べることができますよ。
【数の子】の栄養とカロリー
数の子は100gあたり162kcal、タンパク質は25.2g、脂質は6.7g、炭水化物は0.2g、食物繊維は0g含みます。魚卵と聞くとカロリーが高く脂質も多いイメージかもしれませんが、数の子は意外とヘルシー!比較対象として、いくら100gにはエネルギーを272kcal、脂質は15.6gも含むため比べてみると差は歴然ですね。
数の子もいくらも、生の味が付いていない状態の栄養価です。味付け数の子、醤油漬けのいくらとなると少々栄養価が変わります。
【白子】の栄養
旬の時期のニシンのオスには白子がパンパンに詰まっています。数の子もそうですが、ニシンは魚の大きさにそぐわないほどの卵巣・精巣を持っています。白子好きにはたまらないお魚ですよ。
白子の味はというと、クリーミーながら濃厚すぎずにあっさりと食べられる印象です。少し青魚特有の香りもありますが、青魚が好きな人であれば気にならないと思います。白子にはタンパク質が豊富なほか、抗酸化作用が強いビタミンEを含んでいますよ。脂質の量は少なめなので意外とヘルシー!
栄養素を逃さない調理のコツ
やはりニシンは良質な脂を逃がさず食べるレシピがおすすめです。旬の時期には刺身にしてそのまま食べたり、煮魚にした際は煮汁を無駄にしないように野菜を入れた卵とじに使用すると良いですよ。
栄養素を効果的に摂取できるおすすめレシピ2品
ニシンの栄養素を効果的に摂取できるレシピを紹介します。まずは身欠きにしん!甘露煮を作った後の煮汁も、栄養を無駄にしないよう卵とじにリメイクしたり、醤油を使用する料理の隠し味として使用してみてください。
◆身欠きニシンの甘露煮
身欠きニシンの甘露煮は甘じょっぱくてご飯が進む味!多めに作って1週間ほど冷蔵庫で保存も可能ですし、甘露煮を冷凍しておくとより長く楽しめます。甘めの味付けが好きな人は砂糖を多めにしてみてください。(1人分:150kcal/塩分1.3g)
ニシンの甘露煮をかけそばの上に乗せた「ニシンそば」は京都や北海道で食べられている変わり種のおそばですがこれもまた美味しいですよ。
《材料(3~4人分)》
- 身欠きにしん(半干しタイプ)
- 水 400ml
- 緑茶ティーパック 1つ
- (●)水 100ml
- (●)酒 50ml
- (●)砂糖、みりん、濃い口しょうゆ 大さじ1
《作り方》
- 身欠きにしん(半生タイプ)は骨や血合いをとり、3~4つにぶつ切りにする。
- 鍋に水400ml、緑茶のティーパック、1を入れて中火で加熱する。沸騰したら弱火にして20分程煮たらザルに取り出す。
- (●)の材料と下茹でしたニシンを入れて中火で加熱する。煮立ったら落し蓋をして弱火で20分程煮て煮汁が少なくなり照りが出てきたら完成。
◆ニシンのアクアパッツア
ニシンは骨が多い魚ですが、実が柔らかくふんわりしているので加熱後の骨は取りやすい特徴があります。また、出汁が良く出るためアクアパッツァにすると絶品!汁まで丸ごと召し上がれ♪(1人分:509kcal/塩分1.8g)
《材料(2人分)》
- ニシン(生) 1尾
- 玉ねぎ 1/2個
- 黄色パプリカ 1/2個
- ミニトマト 8個
- いんげん 4本
- 白ワイン 100㏄
- にんにく 1片
- オリーブオイル 大さじ2
- 塩 小さじ1/2
- 黒コショウ 少々
《作り方》
- 玉ねぎはくし切り、パプリカは一口大の乱切り、インゲンは1/2に切る。にんにくは皮を剥き下の硬い部分を切り、包丁の腹で押しつぶす。ニシンは頭と尻尾を切り落としななめに飾り包丁を入れて塩小さじ1/2を振りかける。
- フライパンにオリーブオイルとにんにくを入れて弱火にかけ、にんにくが色づいてきたら取り出す。中火にしてニシンを焼き、玉ねぎ、パプリカも余ったスペースで焼く。ニシンがこんがり色づいたら裏返す。
- ミニトマト、いんげん、白ワインを加えてニンニクを戻し、煮立てる。煮立ったら水100㏄も入れ、スプーンで煮汁をかけながら5~6分煮る。
- オリーブオイル大さじ2を更に加え、塩味が足りなければ塩を加える。黒コショウで味を調え汁ごと器に盛り、完成。
まとめ
北海道の春を代表する魚「ニシン」を紹介しました。北海道ではニシンの塩焼きや煮つけは旬の時期によく食卓に上がる料理ですし、開き干しやニシン漬け、糠ニシンは保存食として冬の間も楽しまれています。生のニシンを口にしたことが無い人は、是非一度召し上がってみてくださいね。美味しいですよ。